2019/12/27 「信念」と「頑固」は紙一重
「あの人には信念がある」というとプラスのイメージですが、「あの人は頑固だ」というとマイナスのイメージです。「信念」も「頑固」も何かひとつのことにこだわって周りの意見に動かされないという意味を持っていますが、この2つの言葉にはどのような違いがあるのでしょうか。
デジタル大辞泉によると「信念」「頑固」はそれぞれ次のように定義されています。
しん‐ねん【信念】
1 正しいと信じる自分の考え。「信念を貫き通す」「固い信念」
2 宗教を信じる気持ち。信仰心。
がん‐こ【頑固】
1 かたくなで、なかなか自分の態度や考えを改めようとしないこと。また、そのさま。「頑固な職人」「頑固おやじ」
2 取りついて容易に離れようとしないこと。また、そのさま。「頑固な汚れ」「頑固な水虫」
上の定義を見れば両者は明確に異なります。ところが、信念のある人が「あいつは頑固だ」と言われたり、頑固なだけの人が「あの人は信念の塊だ」と言われたりすることがあるように、それを「信念」と表現するか「頑固」と表現するかは、主観による部分が大きいように思われます。
A:俺は出されたものは一粒も残さず食べるんだよ。これは信念なんだ!
B:いや、それで腹こわして病気になったら元も子もないだろ。頑固だなあ。
A:きみも頑固だな。大人の付き合いなんだから一杯目くらい酒を頼めよ。
B:いいえ、酒で失敗してから金輪際飲まないと決めているんです。これは私の信念です。
例えばこんな感じ。自分は信念だと思っていても、周りから見れば頑固に思えることはある。しかし、周りからどう見られるかというのはそこまで重要ではありません。自分がそれを「信念」か「頑固」か区別できることが重要だと思います。ではどう区別するか。
「頑固な汚れ」とは言いますが「信念のある汚れ」とは普通言いません。「信念のある汚れ」と言うと、「汚れ」に正当性があるような印象を抱くからです。「汚れ」は通常、不要なため取り除く必要がありますので、それに正当性を持たせる必要はないのです。「信念ある行動が会社の危機を救った」とは言いますが「頑固な行動が会社の危機を救った」はなんか変です。「会社の危機を救う」ことには普通、正当性があるからです。頑固であることが結果的に会社を救うことはあるかもしれませんが、それはきっと「会社の危機を救う」ことを意図したものではありません。
つまり、「信念」は現在よりも未来に目を向けており、常に正当性を帯びているのです。その正当性を「信」じ、「念」じているから信念なのです。野球において、10-0で九回裏ツーアウトランナーなしからでも勝ちにこだわって諦めないのは「信念」です。「頑固」は未来よりも現在に目を向けており、正当性から目を背けています。「頑」なに「固」執するから頑固です。営業成績表を作成するとき、Excelとプリンタがあるから10分で正しいものができるはずなのに、いまだに紙とボールペンと定規と電卓にこだわって3時間かけて作成しようとするのは(たぶん)「頑固」でしょう。
もちろん、それが「信念」なのか「頑固」なのかは一概には決められません。ただ、最終的にそれを決めるのは自分です。それが「信念」か「頑固」かで迷っているのであれば、その先の未来にはっきりとした正当性が見えるのであれば「信念」、現在にこだわっているだけで、未来に目を向けていないなと感じるなら「頑固」だと考えましょう。